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元密輸人女性が語る 町と国際ネットワークの現代史

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私は、国際連合での勤務や大学での研究を通して、いくつかの東南アジアの国々で生活してきました。東ティモールやミンダナオのような紛争地域から欧米や日本の戦争報道を耳にしたとき、「人権侵害の加害者と被害者」「法の支配と犯罪者」「善と悪」のように人々を二分して語る報道や研究の在り方に疑問を持ち始めました。

桃太郎伝説の成立史を勉強してみると明らかなように、正義の味方と悪者は、見方を変えれば入れ替わってしまうものなのです。ヒーローたちにも悍ましい過去があったり、彼らの追求する正義と個々人の利害につながりがあったりするように、悪者にされた人々にも悪者なりの背景や論理があります。

今回のビデオで紹介しているのは、フィリピンのミンダナオ島に住む元密輸人の女性たちの経験談です。「密輸」という言葉を聞けば、多くの人々はすぐに「犯罪」を連想するだろうと思います。新潮国語辞典曰く「所定の手続きを経ないで行う貿易」ですので、定義からして犯罪です。ただし、これは国家から見た定義だということに留意してください。

ミンダナオ島の歴史を考慮すると、「密輸」が少し違った視点から見えてきます。フィリピンという国民国家の領土は、元々のスペインの植民地をベースにしています。ですが、ミンダナオ島のほとんどの地域ではイスラム教徒の王国やルマドと呼ばれる先住民たちの共同体が抵抗を続け、スペインの領土に組み込まれることがありませんでした。アメリカの植民地化とフィリピンの独立を経た現在でも、ミンダナオの分離独立や自治に関する論争が尾を引いており、国家としてのフィリピンの正当性を疑問視する人々もいます。先住民たちが行っている「密輸」は、国家成立以前から行われている海上交易(パマンカ=ボートに乗ること)を継続しているだけに過ぎないのです。国家の正当性が問われている地域で行われているこのような国際交易は、「密輸」なのでしょうか。

今度は先住民の立場から、ビデオに登場する元密輸人の女性たちを見てみると、彼女たちは「カトリック教徒」の「移住者」ということになります。イスラム教徒や非キリスト教徒の先住民たちからすれば、フィリピン国家の手先としてやってきた「植民地主義者」ということになってしまいます。つまり、私がインタビューしている元密輸人女性たちとは、国家と先住民たちのふたつの善悪二元論の両方から、「悪者」とされてしまう層なのです。

しかし、カガヤンデオロの元密輸人の女性たちの経験談に耳を傾けることで、善悪二元論とは違った歴史が見えてきます。たしかに彼女たちをカガヤンデオロでの密輸に向かわせたプル要因はデルモンテのような米国の植民地資本ですが、元々の居住地からのプッシュ要因は日本軍と米軍が戦った第二次大戦の惨禍と戦後の貧困だったとも言えるのです。そして、プエルトの新しい世代は、安い海外製食品や先端技術をこの田舎町にもたらしたある種の「ヒーロー」として、彼女たち元密輸人女性たちを尊敬してさえいるのです。

また1980年代までに密輸人たちが築いた国際ネットワークは、プエルトの新しい世代の海外移住のステップにもなりました。この国際ネットワークを理解することにより、フィリピンの労働移民輸出国化や民間交流の知られざる文脈が明らかになるのではないでしょうか。

土屋 喜生(京都大学東南アジア地域研究研究所)

所属等の情報は、動画撮影時のものです。

もう少し深く知りたい方への文献紹介

  1. ミンダナオムスリムの歴史と彼らがマイノリティ化していった過程については、早瀬晋三の「海域イスラーム社会の歴史:ミンダナオエスのヒストリー」があります。https://www.iwanami.co.jp/book/b265105.html.

  2. 英語の古典になりますが、Cesar Adib MajulのMuslims in the Philippines(Quezon City: the University of the Philippines Press, 1973)やJames Francis WarrenのThe Sulu Zone 1768-1896: The Dynamics of External Trade, Slavery, and Ethnicity in the Transformation of a Southeast Asian Maritime State (Singapore: NUS Press, 2007)はミンダナオ史を勉強する人には必読書です。

  3. 移動するフィリピンの人々の精神性に関しては、細田尚美の「幸運を探すフィリピンの移民たち―冒険・犠牲・祝福の民族誌」から学ぶことが多かったです。https://www.akashi.co.jp/book/b440286.html
  1. 私が住んでいたティモール島における陸路の密輸に関しては森田良成の研究があります。「ねずみの道の正当性―ティモール島国境地帯の密輸に見る国家と周辺社会の関係—」では、二律背反ではない国家と密輸人たちの関係やその正当性についての議論が展開されています。
    https://toyo.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=9291&item_no=1&attribute_id=22&file_no=1 

  2. 「密輸」を密輸人たちの観点から考察した編著としては、Mahmoud Keshavarz編のSeeing like a Smuggler: Borders from Belowがあります。
    https://www.plutobooks.com/9781786808387/seeing-like-a-smuggler/