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1枚のスカーフから広がる研究―ウズベキスタンから世界のヴェール問題を考える

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ムスリム(イスラーム教徒)の女性が着用するヘッドスカーフなどの覆いをめぐって今、世界の多くの国々で「ヴェール論争」「スカーフ論争」が生じているのを知っていますか。私の研究対象地域であるウズベキスタン―人口の約9割がムスリムである中央アジアの国―でも、それは生じていたのです。

ウズベキスタンは1991年にソ連から独立した中央アジアの一国です。イスラームを文化の基層に持ちながらも、20世紀中には社会主義体制のもとで、科学的無神論による徹底的な世俗化と政教分離を経験してきました。ソ連末期の自由化改革(ぺレストロイカ)以降、イスラーム復興の諸現象が生じてきましたが、独立後も世俗主義は国是です。

2009年、スカーフで髪と首を覆い、イスラーム的な装いをしたたくさんの女性たちに出会いました。それまで経験したことのない光景に、何かが大きく変わり始めていると感じ、ヴェールについて考え始めました。

ヴェールとは、ムスリム女性が信仰上の義務として着用するものです。イスラームの宗派や各地の法学者たちの解釈によって、女性の身体のどこをどう覆うのか、その範囲や程度は変わりますし、ヴェール着用を義務とみなさない場合もあります。そして世界のイスラーム地域には、それぞれの風土や文化に根差した多様なヴェールが存在します。

ウズベキスタンでは、20世紀初頭には女性は外出の際に全身を覆う分厚いヴェールを着用していましたが、ソ連共産党主導の女性解放運動により強力なヴェール根絶キャンペーンが行われ、やがて日常生活からは消えました。ヴェールは「後進的な劣った文化」と「前近代性」の象徴とされ、ヴェールのない社会の構築が目指されたのです。数十年をかけて「自由で進歩的な女性は顔を隠したりしない」という考え方が広く浸透しました。

このような形での近代化の後に、イスラーム復興が進展するなかで登場したのが新しいスタイルのヴェール「ヒジョブ」です。薄いスカーフで髪と首を覆い、手足の露出のないゆるやかな服を組み合わせるのが特徴です。これは時代の逆行ではなく、個々の女性たちの生き方の選択の表現であり、きわめて現代的な新しい現象と見るべきです。

しかし、ソ連的な世俗主義を継承し、また国内外のイスラーム過激主義の影響力を極度に警戒したウズベキスタン政権は、これに嫌悪感を示し、ヒジョブを外来の悪いスカーフと位置づけて、統制が始まりました。2015年にはバザールなどで警察がヒジョブ着用者・販売者を一斉摘発する事態にまで至ったのです。現在ではこのような方向性が見直され、2021年には公共空間でのヒジョブ着用が容認されるという大きな変化が起こりました。

世俗主義の原則に基づいたヴェールの統制は、今やグローバルな議論とさえなっている「ヴェール論争」「スカーフ論争」に相通ずるものがあります。公共の空間でイスラームという特定の宗教への帰依を示すスカーフなどの着用が許されるのか否かが問題となり、近年では主に欧米の少なからぬ国々で着用禁止の法律ができています。この論争は、多様な人々の共生をめぐる議論でもあるのです。

地域研究は、世界のさまざまな地域で生じていることをその地域固有の文脈に沿って読み解きながら、常にグローバルな課題ともすり合わせ、また地域の問題に戻っていくことの繰り返しです。ウズベキスタンのイスラーム・ヴェール問題はそのことをあらためて私に教えてくれました。 この動画は、コロナ禍により、ウズベキスタンでの取材はおろか、国内でも移動が制限される状況下で作成されたため、現地の今をお伝えできないことはとても残念です。その代わりに、京都大学でイスラーム地域を研究する次世代研究者や留学生の皆さんにご協力いただいて実施した、「ムスリム女性の「覆い」について考える―多様性、意味、主体性」というワークショップの様子をお伝えしています。各自が自分のフィールドで入手した現地の衣装を持ち寄り、お互いに解説したり、着用してみたり、そしてインドネシア風ヒジャーブの着け方を実演してもらいました。出演してくださったのは、次の皆さんです。

岩倉洸(ASAFAS特任研究員)
Hadija Kaffar(京都大学大学院農学研究科修士課程)
賀川恵理香(ASAFAS博士課程後期)
中西萌(ASAFAS博士課程前期)
Nurul Huda Mohd Razif (学振外国人特別研究員、CSEAS)

帯谷 知可(京都大学東南アジア地域研究研究所)

所属等の情報は、動画撮影時のものです。

もう少し深く知りたい方への文献紹介

  1. 帯谷知可『ヴェールのなかのモダニティ―ポスト社会主義国ウズベキスタンの経験』東京大学出版会、2022年。ウズベキスタンの近現代史を振り返りながら、この地域で「ヴェールのない社会」を目指して構築されてきた20世紀的モダニティと、現代におけるその帰結を描いています。

  2. 帯谷知可編『ウズベキスタンを知るための60章』明石書店、2018年。
    ウズベキスタンについての地域研究の入門書。

  3. ライラ・アハメド『イスラームにおける女性とジェンダー―近代論争の歴史的根源』林正雄他訳、法政大学出版局、2000年。(L. Ahmed, Women and Gender in Islam: Historical Roots of a Modern Debate, New York and London: Yale University Press, 1992.)
    イスラーム地域の女性やジェンダーの問題を考えるための必読の書です。

  4. 後藤絵美『神のためにまとうヴェール』中央公論新社、2014年。
    近代化の過程でヴェールなしの日常がかなり定着したエジプトで、女性たちはなぜ今、主体的にヴェール着用を選択するのか、フィールドワークに基づいて丁寧に解き明かしています。
  1. ジョーン・W. スコット『ヴェールの政治学』李孝徳訳、みすず書房、2012年。
    ヴェール論争の先駆けとなったフランスでの「スカーフ禁止法」制定をめぐる状況を、異質な他者への不寛容、民主主義の危機という観点から分析しています。(J. W. Scott, The Politics of the Veil, Princeton and Oxford: Princeton University Press, 2007.)

  2. 内藤正典・阪口正二郎編『神の法vs.人の法―スカーフ論争からみる西欧とイスラームの断層』日本評論社、2007年。
    日本発の「ヴェール論争」の入門書であり、政治社会学、憲法学、イスラーム学の協同による理論的考察と、フランス、ドイツ、ベルギー、トルコの事例分析を含みます。

  3. 野中葉『インドネシアのムスリムファッション―なぜイスラームの女性たちのヴェールはカラフルになったのか』福村出版、2015年。
    インドネシアで数十年の間にほぼすべてのムスリム女性がヴェールを着用するようになった背景を多角的に明らかにし、市井の女性たちのカラフルな日常に迫っています。

  4. クリスチャン・ヨプケ『ヴェール論争―リベラリズムの試練』伊藤豊他訳、法政大学出版局、2015年。(C. Joppke, Veil: Mirror of Identity, Cambridge: Polity, 2009.)
    スコットの『ヴェールの政治学』への批判も含みつつ、ヨーロッパ政治学の観点からイギリス、フランス、ドイツの事例を比較分析しています。

Author

  • 帯谷 知可

    教授
    専門分野:
    中央アジア近現代史、中央アジア地域研究

    Professor
    Fields:
    Modern History of Central Asia, Central Asian Area Studies

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